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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)2090号 判決

大阪府茨木市中津町一二番八号

控訴人

小川豊

大阪府大東市緑が丘二丁目一番一号

控訴人

日本フイレスタ株式会社

右代表者代表取締役

小川豊

右控訴人両名訴訟代理人弁護士

牛田利治

筒井豊

白波瀬文夫

岩谷敏昭

同輔佐人弁理士

西教圭一郎

摩嶋剛郎

大阪府堺市八田寺町四七六番地の九

被控訴人

東洋水産機械株式会社

右代表者代表取締役

松林兼雄

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

松本司

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

辻川正人

東風龍明

片桐浩二

久世勝之

岩坪哲

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  申立

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、原判決別紙物件目録記載の魚卵採取装置を製造、販売し、販売のために展示してはならない。

3  被控訴人は、控訴人日本フイレスタ株式会社に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成二年一二月二七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  事案の概要

事案の概要は、原判決の事実及び理由「第二 事案の概要」に記載のとおりであるからこれを引用する。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点に関する当事者の主張は、次に付加するほかは原判決の事実及び理由「第三 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるからこれを引用する。

二  争点1(被控訴人装置は本件発明の技術的範囲に属するか。)に関する当審における控訴人らの主張

1  原判決は、本件発明の技術的範囲を限定しないで解釈すると、先願の被控訴人発明と本件発明との間において、被控訴人発明の「押出ヘラ」と本件発明の「腹部押圧体」の間に下位概念、上位概念の関係が成立し、被控訴人発明の「擺動自在に設け」は本件発明の「弾性指示手段を設け」に該当するから、本件発明の技術的範囲の解釈にあたっては、先願の被控訴人発明の技術的範囲を包含しないように解釈すべきであるとして、本件発明の構成要件(3)の腹部押圧体の変位方向を字義どおりの「直線的に垂直な方向」に限定されると解釈し、そうすると、被控訴人装置における腹部押圧体の変位方向は「円弧状の略垂直な方向」であるから、構成要件(3)を充足せず、侵害は成立しないと判断した。

2  しかし、原判決の右限定解釈は、拡大された範囲の先願の規定(特許法二九条の二)における明細書、図面記載の発明の内容を後願の特許発明の技術的範囲の限定解釈の資料とするものであり、一般的に確立された理論ではなく、これを原判決が採用したことに控訴人らはまず異議がある。また、仮に右理論を肯定するとしても、次項以下に述べるとおり、本件における原判決の判断は誤りであることが明らかである。

3  まず、本件発明と先願の被控訴人発明とは同一発明ではないから、本件は、先願の存在により技術的範囲の限定解釈を行うべき場合にはおよそ該当しない。即ち、

(一) 本件発明の明細書の特許請求の範囲には、構成要素として、「搬送手段」、「腹部押圧体」、「その腹部押圧体と上記搬送手段を走行軌道と垂直な方向に沿って互いに弾性的に変位させる弾性支持手段」が記載されている。

右構成要素のうち、魚体腹部押圧機構としては、腹部押圧体及び弾性支持手段である。

(二) 右特許請求の範囲に記載された魚体腹部押圧機構に関し、詳細な説明、図面において、次の実施例があげられている。

(1) 第一実施例(第2図、第3図記載のものであって、弾性支持手段たるスプリング20により垂直方向に沿って変位せしめられる押圧体としての刃19によって、魚体腹部を押圧する構成のもの)

(2) 第二実施例(第5図、第6図記載のものであって、押圧体たる回動自在のローラ33により魚体腹部を押圧し、弾性支持手段たるバネ35により弾性的に支持されるガイドローラ34をもって、搬送手段を垂直方向に沿って変位せしめる構成のもの。なおバネ35に代えて、コンベア自体の張力を用いてもよいとされている)

(3) 第三実施例(第7図記載のもので、弾性力等により魚体の背部が左右から挟持され、あるいは尾部が係止具で止められており、腹部押圧体44はこの走行方向Rに対し、所定角だけ傾斜した縁を有している構成のもの)

(三) 右以外に、本件発明の明細書、図面には、先願の被控訴人発明における「魚体案内片を形成した押出ヘラ」、「該押出ヘラを擺動自在に設ける」などの構成の記載がないのは勿論これを示唆する記載もない。

この点からすれば、魚体腹部押圧機構に関し、本件発明の明細書の記載が「先願のものを含む」とは理解できないから、両者が上位概念、下位概念の関係にあるとすることはできない。

また、下位概念は上位概念を具体化したものであるから、両者の構成(手段)、作用(構成のはたらき)、効果(有利な点)は同一となる。

そこで、この点についてみると、本件発明における腹部押圧機構は、押圧体又は搬送手段を垂直方向に変位させ、魚体の大小等に応じて魚体を押圧する構成であり、この構成によって、魚体の大小等のばらつきにもかかわらず、常に確実かつ卵巣に損傷を与えることなく、卵巣を取り出すことができるという作用効果がある。これに対し、先願の被控訴人発明においては、押出ヘラは「擺動自在に」設けられ水平方向に変位するものである。そのため押出ヘラが魚体の腹部に当接した場合、スプリングが弱いと押出ヘラが単に魚体の腹部に摺接するに止まって腹部内からたら子となる魚卵を絞り出すことができず、また、スプリング力を強くすると、魚体が押出ヘラの押圧力に従って、後方に彎曲して逃げが生じ、押出ヘラの魚体腹部に対する食い込みが少なくなって魚卵の絞り出しがほとんど行えなくなるものである。

よって、課題を解決するための手段としての両者の構成は相違しており、作用、効果も相違しているから、先願の被控訴人発明と本件発明の腹部押圧機構の構成は下位、上位の関係にあるものではない。

(四) 次に先願の被控訴人発明及び本件発明における各腹部押圧機構に「実質的同一」の関係があるか否かをみる。

(1) 二つの発明が実質的に同一である場合とは、〈1〉単なる表現の相違、〈2〉単なる効果の認識又は目的の相違、〈3〉単なる構成の相違(二発明を比較した場合、その構成の差異が(a)単なる慣用手段の転換、(b)単なる慣用手段の限定又は付加・削除、(c)単なる材料の限定又は均等材料の置換、(d)単なる形状・数もしくは配列の限定又は相違、(e)単なる数値の限定又は相違、(f)択一的に記載された均等な複数手段とその内の一手段、などに相当する場合をいう。発明の目的及び効果には格別の相違を生じない。)、〈4〉単なる用途の相違又は単なる用途限定の有無等非本質的事項に差異があるに過ぎない場合をいう(発明の同一性に関する審査規準参照)。

本件に関係するのは、〈3〉の(a)、(b)であるが、本件発明と被控訴人発明の各腹部押圧機構の間には、「単なる慣用手段の転換」「単なる慣用手段の限定又は付加・削除」の関係は存在しない。

(2) 前記のとおり、本件発明における腹部押圧機構は、押圧体又は搬送手段を垂直方向に変位させ、魚体の大小等に応じて魚体を押圧する構成であり、この構成によって、魚体の大小等のばらつきにもかかわらず、常に確実かつ卵巣に損傷を与えることなく、卵巣を取り出すことができるという作用効果がある。これに対し、先願の被控訴人発明においては、押出ヘラは「擺動自在に」設けられ水平方向に変位するので、押出ヘラが魚体の腹部に当接した場合、スプリングが弱いと押出ヘラが単に魚体の腹部に摺接するに止まって腹部内からたら子となる魚卵を絞り出すことができず、また、スプリング力を強くすると、魚体が押出ヘラの押圧力に従って、後方に彎曲して逃げが生じ、押出ヘラの魚体腹部に対する食い込みが少なくなって魚卵の絞り出しがほとんど行えなくなるものである。

(3) よって、課題を解決するための手段としての両者の構成は相違しており、作用、効果も相違しているから、先願の被控訴人発明と本件発明の腹部押圧機構の構成は実質的に同一のものではない。

(五) そうすると、本件発明と被控訴人発明との間には、上位、下位の関係、実質的同一性の関係は存在しないから、両発明は同一ではなく、本件はおよそ特許発明の技術的範囲を限定的に解釈すべき場合ではない。

4(一)  また、仮に本件において前記限定解釈をすべきことを肯定するとしても、本件発明の範囲は先願の被控訴人発明より広いのであるから、本件発明の技術的範囲から除かれるのは、先願の被控訴人発明の明細書に一体的に記載された「発明」である。先願の被控訴人発明を構成する個々の構成要素をもって、本件発明の個々の構成要件の意義を限定することは許されない。

(二)  そこで、除外されるべき先願の被控訴人発明の内容についてみる。

(1) 被控訴人発明の腹部押圧機構は、特許請求の範囲に記載されたとおり、「前記魚頭切断回転刃の前部には腹腔部を押圧してたら子を絞り出す発条で牽引された押出ヘラを擺動自在に設け、更に押出ヘラの上下両側に魚体案内片を形成した」ものである。

この腹部押圧機構は、押圧体を「押出ヘラ」とし、該押出ヘラの「上下両側に魚体案内片を設けた」ものであり、その取付位置(魚頭切断回転刃の前部に取り付けられる)、取付態様(発条で牽引されており、擺動自在である)が特定されている具体的構成のものである。

(2) 被控訴人発明の明細書の詳細な説明、図面において開示されている腹部押圧機構も特許請求の範囲記載の腹部押圧機構と同一構成であり、両者に広狭の関係はない。

(3) 腹部押圧体について明細書の記載をみると、その構成は次のとおりである。

まず第一に該腹部押圧体は「押出ヘラ」である。へら(箆)とは「竹・木・象牙・金属などを細長く平らに削り、先端をやや尖らせた道具」であり(新村出編「広辞苑」参照)、明細書の記載、図面を参酌すると、右「押出ヘラ」は板状部材であることが明らかである。

また、右押出ヘラの上下両側には「魚体案内片」が設けられることが、特許請求の範囲に記載されている。明細書の詳細な説明には右魚体案内片により、押出ヘラが魚体腹腔部から外れることなく絞り出し作用を一層円滑に行うことができる旨記載されている(被控訴人公報4欄12~15行)。

右魚体案内片は、以上のとおり特許請求の範囲に記載されている構成であり、詳細な説明においてもその作用効果が説明されているものであるから、被控訴人発明の腹部押圧体における必須要件である。

(4) 右構成の押出ヘラを、魚頭切断回転刃の前部に、発条で牽引させ、擺動自在に取り付けたものが、先願の被控訴人発明における腹部押圧機構の構成である。

(三)  右構成にかかる腹部押圧機構を、移送装置、魚頭切断回転刃、保持移送装置に結合したものが先願の被控訴人発明であるから、本件発明の技術的範囲から除外されるべきものは、右発明の範囲であり、除外されるときは一体的に除外されるべきものである。

従って、先願の被控訴人発明と異なる押出ヘラ(例えば「魚体案内片」を備えていないもの)で構成されているもの、押出ヘラが擺動自在に取り付けられていない構成のもの等は、被控訴人発明の範囲外のものであるから、かような構成のものが本件発明の技術的範囲から除かれるものではない。

(四)  被控訴人発明と被控訴人装置との関係についてみると、被控訴人装置の腹部押圧機構の構成は「魚体案内片が設けられた押出ヘラが擺動自在に取り付けられている」構成ではないから、被控訴人装置は疑問の余地なく被控訴人発明の範囲外のものである。

(五)  本件発明と被控訴人装置との関係をみると、既に原審で詳細に主張したとおり、本件発明の技術的範囲を原判決のように限定することなく理解すれば、被控訴人装置は本件発明の各構成要件を充足するから、被控訴人装置は本件発明の技術的範囲に属する。

(六)  原判決が「腹部押圧体の変位方向は字義どおりに垂直な方向に限られる」との限定解釈をしたことは、「先願発明の範囲が一体的に除かれるべきである」との点を看過し、先願における個別的構成要素をもって、本件発明の個別的構成の意義を限定解釈した、というに帰着する。

原判決の右判断に従うとすると、「本件発明の明細書添付図面第2図、第3図記載の実施例を改変して、腹部押圧体の変位方向を垂直方向からわずかに偏位せしめた物件」までもが、本件発明の技術的範囲外となってしまい、極めて不自然な結論に至る。原判決は、先願の範囲より広い範囲を本件発明の技術的範囲から除外してしまったことになる。原判決の誤りは明白である。

第四  争点に対する判断

一  当裁判所も、被控訴人装置は本件発明の技術的範囲に属さず、その製造、販売は控訴人小川の本件特許権及び控訴人会社の独占的通常実施権を侵害する行為ではないと判断するが、その理由は、次に付加するほかは、原判決の争点1に対する判断(原判決三一頁七行目から同四八頁一行目まで)と同一であるから、これを引用する。

二  控訴人らは、当審においても、本件発明と先願の被控訴人発明とは同一発明ではないから、本件は、先願の存在により技術的範囲の限定解釈を行うべき場合にはおよそ該当しない旨重ねて主張するが、右主張は、結局、被控訴人発明における「押出ヘラ」の変位方向が魚体進行方向に「略平行のみ」であることを前提とするものであるが、被控訴人発明には「押出ヘラ」の「擺動の態様及び方向」の指定はなく、かえって、その「押出ヘラ」の変位方向は、「略平行のみ」ではなく、垂直方向へ変位して、水平と垂直が合成された方向に、作動杆支点を中心とした円周上の円弧に沿うものにも及ぶことは既に認定したとおり(原判決三六頁末行から同四四頁二行目まで)である。

また、控訴人らは、仮に本件発明の技術的範囲の限定解釈をすることを肯定するとしても、本件発明の範囲は先願の被控訴人発明より広いのであるから、本件発明の技術的範囲から除かれるのは、先願の被控訴人発明の明細書に一体的に記載された「発明」であるところ、被控訴人装置の腹部押圧機構の構成は、「魚体案内片が設けられた押出ヘラが擺動自在に取り付けられている」構成ではないから、被控訴人装置は被控訴人発明の範囲外であると主張する。

しかし、被控訴人発明の「押出ヘラ」は、その詳細な説明中の「押出ヘラ13の腹腔部に対する弾圧作用と魚体胴部前側の柔軟屈曲作用とによって腹腔部を圧迫されながら押出ヘラ13を通過してたら子は魚頭切断部より絞り出されて採取される」との実施例、図面に関する記載(被控訴人公報3欄10~13行)、及び「特にたら子の採取処理は押出ヘラの発条による腹腔部に対する弾圧作用と魚体の胴部前側部分の柔軟屈曲作用とによって人間が手で絞り出すと同様な無理のない圧迫力を腹腔部に加えながらたら子を魚頭切断部から円滑確実に絞り出すことができ」との発明の効果に関する記載(同4欄7~12行)にも照らすと、保持移送装置による魚体の移動によって魚頭を切断された魚体に当接して腹腔部に人間が手で絞り出すと同様な無理のない圧迫力を腹腔部に加え、たら子を絞り出す部材であれば足るものと解するのが相当であり、その特許請求の範囲の字義どおりあるいはその実施例の構成どおりのものに限定すべきいわれはないし、従ってまた、控訴人らが主張するような「板状部材」に限定すべきいわれもない。そして右「押出ヘラ」に該当する被控訴人装置の腹部押圧体が「擺動自在に取り付けられている」構成であると認められることは既に認定のとおり(原判決四四頁三行目から同四五頁一〇行目まで)である。また、被控訴人装置の押圧部材14には、その上下両側に、短径は押圧部材14の円柱直径と略同長で、長径は押圧部材14の円柱直径より長い略楕円形の薄板で構成されるプレート67、67がナットを介して取り付けられており(原判決別紙物件目録第10図)、右プレート67、67は被控訴人発明の「魚体案内片」に相当すると認められるから、被控訴人装置は、「魚体案内片が設けられた押出ヘラが擺動自在に取り付けられている」構成を備えるものであり、当審における控訴人らの主張を考慮しても、被控訴人装置が被控訴人発明の一実施態様と認められることには何ら変わりはない。

そして、そうとすれば、既に認定したとおり(原判決四六頁一行目から同末行まで)、本件発明の構成要件(3)の「走行軌道と垂直な方向」は、少なくとも被控訴人発明の技術的範囲に属する円周に沿う「円弧状の略垂直な方向」は含むものではなく、これを除外して解すべきであるから(従って、本件発明の構成要件(3)の「走行軌道と垂直な方向」は、その字義どおりの直線的に「垂直な方向」に限定されるものといっても基本的には差し支えはないが、そうすると、控訴人らが指摘するように、「本件発明の明細書添付図面第2図、第3図記載の実施例を改変して、腹部押圧体の変位方向を走行軌道と垂直な方向からわずかに偏位せしめた物件」までもが〔それらはもとより被控訴人発明の実施品とは認められないのにかかわらず〕、本件発明の技術的範囲から除外されてしまうおそれがないではなく、その意味では、やや表現の正確性を欠くものではある。)、右要件を欠く被控訴人装置は本件発明の技術的範囲には含まれないと認められるばかりか、本件発明の構成要件(2)の「腹部押圧体」についても、少なくとも被控訴人発明の技術的範囲に属する「上下両側に魚体案内片を形成した」腹部押圧体は、その技術的範囲内には含まれないものと解すべきこととなるところ、被控訴人装置の腹部押圧体が、「上下両側に魚体案内片を形成した」構成であることは、右にみたとおりであるから、被控訴人装置は、この点でも本件発明の技術的範囲に含まれないこととなる。

第五  結論

よって、控訴人らの請求はその余について判断するまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却し、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮久郎 裁判官 山﨑杲 裁判官 上田昭典)

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